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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)9564号 判決 1956年10月12日

原告 木本金属株式会社

被告 星野工業株式会社 外一名

主文

被告両名は合同して原告に対し金五十万円、及びこれに対する昭和三十年十二月一日以降其の完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告両名の負担とする。

此の判決は仮に執行することが出来る。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

被告等は、原告に宛て、昭和三十年九月二日、共同して金額五十万円、満期同年十一月三十日、支払地東京都千代田区、振出地東京都葛飾区、支払場所株式会社日本勧業銀行本店、なる約束手形一通を振出し、原告は現にその所持人である。原告は同手形を満期に支払場所に於て呈示して支払を求めたところ、支払を拒絶された。

よつて被告等に対し、手形金及び呈示の翌日から其の完済まで年六分の割合による法定利息を求むるため本訴請求に及んだと述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、

被告両名が、共同して原告主張の約束手形一通を振出し、原告がその所持人であることは認める。原告が手形を満期に支払場所に於て呈示して支払を求めたが、支払を拒絶されたことは知らない、本件手形の振出原因は左の通りであるから、被告等は原告に対し支払義務を負わない。即ち、

一、被告会社は、本件手形の振出以前である昭和三十年五月下旬頃、金額五十万円、満期同年八月下旬又は九月上旬頃、支払地東京都千代田区、振出地東京都葛飾区、支払場所株式会社日本勧業銀行本店なる約束手形一通を村井金属株式会社に宛て、同会社との間に、此の手形は単なる見せ手形として使用し、他に絶対に裏書譲渡せざること、従つて銀行には振込まぬことなる特約の下に振出した。

二、ところが、村井金属株式会社は此の特約に反し、同手形を原告に此の特約ある事情を明かにして裏書譲渡した、従つて原告は此の事情を知悉し、此の手形を取得することによつて被告会社の村井金属株式会社に対する抗弁が遮断されることを充分承知の上で手形を取得したものである。

三、而して原告は、同手形の満期日頃、被告会社に来て支払を求め、即日支払わざるときは同手形を銀行に振込む旨述べるので、被告会社は原告に、前記の如き手形で、支払義務を負わぬものであることを話すと共に、村井金属株式会社に前記特約による責任を追及したところ、同会社は、此の手形のことは全部心得ているから同会社の責任で解決する。ついては、支払期日延期の意味に於て一応書替えられたいとの申出があつた。本件手形は被告等が、その申出に従い、同会社の言を信じて振出したものであつて、被告会社は書替前の手形並に本件手形によつて何等の対価も受領して居らず、又原告会社とは取引関係等も一切ないので、本件手形についての支払義務を負う謂れはない。又、被告星野は、叙上の事情の下に原告が要請するまゝ、一切責任を負わないとの特約の下に共同振出人となつたものであるから本件手形につき何等の支払義務を負わない。

と述べた。<立証省略>

理由

被告等が、昭和三十年九月二日、原告主張の約束手形一通を原告に宛て共同して振出し、原告が現にその所持人であることは当事者間に争がなく、当裁判所に於て成立を認める甲第一号証の一(裏面)を同号証の一(表面)に対照すれば裏面連続にも欠けるところのないこと明白であり、原告が満期日たる同年十一月三十日、支払場所に呈示してその求めたところ、支払を拒絶されたことは成立に争のない甲第一号証の一(表面)及び第一号証のに徴して明らかである。

被告等の抗弁は、本件手形は書替手形であつて、書替前の手形は、金額五十万円、満期昭和三十年八月下旬又は九月上旬頃、振出日同年五月下旬頃、支払地東京都千代田区、支払場所株式会社日本勧業銀行本店、振出地東京都葛飾区、振出人被告会社、受取人村井金属株式会社なる約束手形で、被告会社と村井金属株式会社との間に、単なる見せ手形として使用し他に裏書譲渡せざること、従つて銀行には振込まぬこと、なる特約の下に振出されたものである。然るに村井金属株式会社は此の約旨に反し、此の手形を原告に情を明らかにして裏書譲渡した。原告は事情を知悉し、自己が此の手形を取得することによつて、被告会社の村井金属株式会社に対する抗弁が遮断されることを了知して此の手形を取得したものである。従つて被告会社は此の手形については村井金属株式会社に対する前記特約に基く抗弁を原告に対し主張しうる筈であつた。然るに原告は此の手形の満期頃、被告会社に来り、支払請求をなし、万一直ちに支払に応じないときは銀行に振込む旨述べるので、被告会社は村井金属株式会社との間に、書換手形についての責任は同会社が負担し、被告等に於て責任は負わない旨の特約をなし、被告星野も此の特約の下に同振出人になつて、本件手形を振出したものである。よつて被告等は原告に対し、本件手形について支払義務を負うものではない。というにある。よつて此の主張について判断する。

手形債務者が、其の手形に代えて満期日を後日となした新手形を旧手形の所持人に交付し、所謂る手形の書換をなすことは手形取引上手形債務の支払を延期する手段としてなすのを通例とし、特段の事情がない限り、旧手形債務を消滅せしめて新たなる手形債務を発生せしめるものではなく、旧手形債務と新手形債務とは同一性を保持するのを通常とする。従つて旧手形に附着した抗弁は、新手形の振出により消滅することなく、新手形にもそのまゝ移転して存続するものであることは一般に認められるところである。併し乍ら、手形の書換に於ては、一般的に書換手形の振出によつて、実質上旧手形債務の承認の効果をも併せ生ずるものと謂わねばならぬのであつて、旧手形に附着する抗弁が、原因関係上の事情により、特定所持人に対する手形上の支払義務を発生せしめず、又はこれを阻止する性質のものであるときも、新手形振出による債務承認の結果としてその抗弁権が消滅し、振出人は新手形につき、単純に支払義務を負うに至る場合があるものと云わねばならぬ。なんとなれば、書替手形の振出に債務承認の効果及びこれによる抗弁権消滅の効果を常に認めないとすれば、手形上の抗弁が、原因関係上、双務的関係に立つことから、又は条件的関係に立つことから、その関係の存続する限り手形上の支払義務を阻止するという場合、即ち、書替手形による債務の承認と抗弁権の存続とが互に矛盾する関係に立たない場合を除き、かかる抗弁権の附着する手形の振出人は、本来支払義務を負わない手形の支払を延期するために書替手形を振出すと云うが如き、それ自体無意味な行為をなすことに帰し、手形取引の通念に反することとなるからである。

もし、かゝる債務承認の効果を避けんとするならば、振出人は新手形上の直接の当事者となるべき者との間に抗弁権留保の特約をなすべきであつて、単に旧手形の受取人であつた、第三者とかゝる特約をなしても新手形の所持人に対しその効を以て対抗しえないことは云うまでもない。

さて、本件手形について、かりに被告等の主張に即して考察すると、被告会社は、旧手形を即時銀行に振込まれるときは、資金の逼迫している折柄、不渡となすことを免れず、もしそうなれば、銀行取引停止処分がなされ、被告会社の経営に回復すべからざる打撃を受けることになるので、被告等はこれを怖れ、一時支払を延期して前後策を講ずることを図り、村井金属株式会社との間に書替手形の決済は同会社に於て行う旨の特約を結び、書替手形の支払資金を同会社に負担せしめることを期待すると共に、他方原告をして書替手形による支払の延期を承認せしめるため、被告星野も参加して共同振出人となつたというのであつて、本件手形はまさに前段説示の場合に該るものと云うべく、被告等は本件手形を振出すことにより原告に対し、旧手形について支払延期の利益を受けると共に、旧手形債務承認の効果を免れず、旧手形に附着した抗弁は被告等に於て主張することを得ないことになつたものと断ぜざるをえない。又、村井金属株式会社が、本件手形の支払の責に任ずるという特約が若し行われたものとしても、此の特約を以て原告に対抗することが出来ないことは云うまでもない。そうだとすれば、被告の叙上の抗弁は、被告等が旧手形について原告に対抗しうべき抗弁権を有するものであつたか否かを判断するまでもなく、主張自体に於て理由がないことに帰するものと云うの外はない。

又、被告星野は、本件手形振出に当り、原告との間に、一切責任を負わぬ旨の特約があつたと主張するが、証人浅野重朝、小池栄一の各証言によるも此の事実を認めることは出来ず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

よつて被告等の抗弁は、孰れも採用することが出来ないから、被告等は原告に対し、合同して手形金五十万円、及びこれに対する満期の翌日たる昭和三十年十二月一日以降其の支払完了まで、法定の年六分の法定利息の支払をなす義務があるものと云うべく、原告の本訴請求は正当として認容すべきものであるから訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項第三項の各規定をそれぞれ適用して主文の通り判決することとした。

(裁判官 藤井経雄)

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